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秘密のピアノレッスン
第18章 見えていなかったもの
すごすごと屋敷に戻ると、おばあちゃまが待っていた。
穏やかな表情ではあるが瞳の奥が笑っていないように見えて、まともに顔を上げられなかった。

「女の子が一人で夜歩くものじゃないわ」
「ごめんなさい……おばあちゃま……」

そう謝りながら俯いていると、出てくる時にはあったはずの、パパの黒い革靴がなくなっていることに気付いた。

「パパは……?」
「ちょっと用事で出てるのよ。話がついたら帰ってくるわ」

――用事。
それが何の用事か気に留めることなく、ただ無力感に打ちひしがれていた。
その間に、パパが佳苗先生の家に行っているとは考えもせずに。
泣き顔をおばあちゃまに見せないようにしながら部屋に戻り、眠れない夜が明けた。


朝は、食卓でパパと二人きりだった。食欲は湧かず、知らない男の人といるみたいな気持ちで、スープに口をつける。

「更紗。一緒にカナダに戻るよ。これは、もうパパが決めたことだから、ここに残ることは許さない。もう、学校にも行かないでいい。家にも帰らないでいい」

パパは流暢に続ける。

「これからずっとパパが守るから。おまえまで、ママみたいになってほしくないんだよ。いいね」
「でも……」
「更紗。口答えは許さないよ」

優しい言い方なのに、反論は許さないその表情に、思わず息を飲む。
これじゃあ……何も変わらない。ママと過ごしていた頃と同じじゃないか。

もしかしてパパは、ママを縛って、思考をなくさせて、閉じ込めようとしていたんじゃないの?
ママが私にしていたのと同じように。

ママだけが悪かったんじゃないんじゃないの?

ママはやっと、自分らしくいられてるんじゃないの?
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