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あの星に届かなくても
第1章 それぞれの夜

 エンジンが唸った。
 暖房をつけ、シートヒーターのスイッチを入れる。しばらくすると尻と腰のあたりがじんわりと暖かくなってきた。
 頭上にあるフックを外し、電動ルーフの開閉スイッチを押す。ウイーンという機械音とともにハードトップが車体後方に格納されていく。
 屋根が開いたことで夜の外気が車内の空気と混ざり、頬を冷やした。しかし、走りだしてしまえばそんなことは気にならなくなる。

 望月慧子(もちづきけいこ)は、今夜も趣味のドライブに出かけた。

 運転中はほとんど音楽をかけない。とはいえ無音ではない。周りには音が溢れている。排気音だけでなく、シフトチェンジの操作音、ルーフを開ければ風を切る音もBGMになる。

 自宅から山に向かって五分ほど走り、峠に続く道に入った。急な上り坂に差しかかるとクラッチを踏み込み、ギアをトップからサードに落としてクラッチを繋ぐと、アクセルを踏んで加速する。
 軽のスポーツカーなので高速道路でのパワー不足は否めないものの、勾配やカーブの多い山道ではそのへんの普通車より優秀な走りを見せてくれるのだ。
 ヘッドライトの光に照らされる真っ暗な道をひたすら上り続ける。木々に囲まれた山道を走っていると、どこからともなく神秘的な空気を感じる。そしてそれと同じくらい、得体の知れない恐怖を覚えることがある。
 地上から離れていくことがなにか悪いことを予感させるからだろうか。単に暗闇が怖いだけなのかもしれない。

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