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あの星に届かなくても
第1章 それぞれの夜

「え、あれ、望月さん?」
涼しげ――悪くいえば冷血そう――な顔によく馴染む、シャープな印象の銀縁眼鏡。その奥にある切れ長の目を見開いたのは、やはり職場の店長、市川宗介(いちかわそうすけ)だった。
まだ三十手前ということもあり、従業員からは“市川さん”か“市川くん”と呼ばれている。このあたりの店舗は都市部と違い、社員はともかくパートの年齢層が比較的高い。ベテランパートのマダムたちからすれば年下店長など可愛いものだろう。
慧子が車から降りようとドアに手をかけると、気づいた市川が「いいよ」と言って制した。
「えっと……市川さんもドライブですか」
「ああ。いつもここ走ってる」
「そうだったんですか。知らなかった」
「ここに停めるのは初めてだけど、まさか望月さんがいるとはな」
「私もびっくりです」
市川が車に目を落とした。
「車持ってたんだ。いつも自転車で職場来てるよね」
「はい。これは家のセカンドカーで……父の趣味なんですけど」
「へえ。いいね、親父さん」
どこか愉しげに答えた市川が、不意に薄く笑った。
「寒いならルーフ閉めればいいのに」
その指摘に、慧子は毛布を頭まで被ったままだったことに気づく。
「あ、はは。でもこうやって夜景とか空とか見るの好きなんです」
「なるほどね」
「市川さんもルーフ開けたらどうですか。……というか見たい、です」
「あ、そう」
めずらしげに呟いた市川は、「ちょっと待ってて」と言うと自身の車に戻っていった。運転席に滑り込むと車をバックさせ、慧子の車のすぐ隣に停め直した。
しばしのあと、ルーフが静かに開きはじめ、流れるような美しい所作であっという間にセミオープンの形になった。エンジン音がやむ。

