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アムネシアは蜜愛に花開く
第5章 Ⅳ 歪んだ溺恋と束の間の幸せ
 最初に憎々しげに口を開いたのは巽だった。

「……由奈。GPSをつけていたのか」
「巽くん……、話が違うよね!?」

 巽の言葉に答えず、由奈さんが怒りに震えた声を出した。
 ……巽は協定と言っていたけれど、どんな理由があるにしろ巽に情があるから、いつもは温和な由奈さんが裏切られたとこんなに怒っているのだろう。
 好きでなければGPSなどつけない。
 由奈さんは、巽を束縛したいのだ。

「巽のせいじゃないの、由奈さん。わたしが……」
「巽? 専務だろう、杏咲」

 ぞくりとするほど冷たい怜二さんの声がして、乱れた浴衣姿のわたしは強引に彼に腕を掴まれ、怜二さんはガッと音をたてて巽の頬に拳を入れる。
 巽が岩に打ち付けられ、わたしは短い悲鳴をあげた。

「お前、杏咲になにをしたんだ!」

 わたしは巽の元に駆け寄ろうとしたが、怜二さんは、わたしの手を砕きそうなほど強く掴んだまま、わたしには微笑む。
 いつもとなにひとつ変わらない、優しい笑顔で。

「杏咲、俺が来たからもう大丈夫だよ。怖かっただろう?」

 この状況で同じように微笑めることに驚きながらも、その目には狂気のようなものが宿っているのに気づき、ぞっとする。

「さあ、ホテルに戻って、あのゲス野郎に触られたところを、俺ので消毒してあげる。またいつものように濡れて、乱れて、花咲いてご覧?」

 恐怖で後退るものの、怜二さんの手はますます強くわたしの手を掴む。

「痛……っ」
「ああ、あいつに痛み付けられたんだね。無理矢理なんて酷いよな。杏咲は俺を好きなのに」

 ひたすら怖い。ただ怯えるだけの無反応のわたしに、その目が剣呑に細められる。

「そうだよね、杏咲? ……杏咲、なぜ頷かない? 杏咲、一体どうしたんだ?」

 由奈さんもこちらを見る。二組の双眸がわたしに向くと、その表情に十年前の義母の憎悪が見えた気がして、震え上がったわたしは夢現の境界で泣き叫ぶ。

――この、売女!!

「ごめんなさい、ごめんなさい、お義母さん! ごめんなさいっ」
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