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柊屋敷の嫁御様(くすくす姫後日談・その5)
第13章 柊屋敷の嫁御様
「俺はその事を、今までお前にはっきり話さなかった。仕事に関わらせない様にすれば、なんとか出来ると思っていた。
都の方々、特に大臣様はお前が傷付く可能性を見抜いて婚約に難色を示したが、お前は関わらせないという約束で押し通した。
お前に話したらどうなるのか、考えなかった訳じゃない。考えたから、言えなかった。俺は、お前を失うかもしれないと考える事から、逃げたんだ。
その結果が、今日だ。今日お前が失くしたのは、髪一房だ。髪は、また伸びるだろう。
だが、もし次が有ったら?
その次は?」

「今日はたまたま、お前に刃物を向けたのが素人で、女だった。向けられた刃物だって、人を傷付ける事は出来るが、大した物じゃ無い。しかも相手は知ってる奴だ。今回の事は、何か理由が有っての事だろう。
だが、もし次が有ったら、おそらく相手は、素人でも無く、女でも無く、知り合いでも無い奴だ」

「…お前にそれを告げたく無くて、話を先延ばしにしていた。そんなーーお前が嫁に来る事を決める前に、そんな、命に関わる様な内容について隠し事をしていたと言う事は、誠実な事では無い。
誠実でない事は、立派な破談の理由になる」

サクナは握っていた姫の手から手を離し、姫を見て頭を下げました。

「スグリ姫。不誠実な事をして、済まなかった。この家に入るのがーー俺に嫁ぐのが無理だと思ったら、婚約を破棄してくれて構わない」

スグリ姫はしばらくの間、頭を下げたまま俯いているサクナを、何も言わずに見詰めておりました。
それからゆっくり口を開いて、静かにサクナに告げました。

「お話は、分かりました。…少し、待って居て下さる?」

「…ああ。分かった。」

サクナの答えに頷くと、姫は椅子から立ち上がりました。
椅子の上で項垂れていたサクナの耳に、隣の部屋との間の扉がゆっくり開いて、閉まる音が聞こえました。
はっとして顔を上げると、部屋の中には姫の姿は有りませんでした。

この家の当主は少しの間、隣室との間の扉を見詰めました。そこは、彼が婚約者を迎えるに当たって、彼女がすごしやすい様にと、心を配って整えた部屋でした。

(都の自分の部屋に居るより落ち着く気がするって、嬉しそうに笑ってたっけな…)

彼は婚約者のその姿を思い出して長い溜め息を吐き、目を閉じると椅子に深々と沈み込みました。
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