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Jacta Alea est.
第1章 叙任式
「でも聖職者の方々は巡礼でもしない限り、大抵が修道院に入るので自分の教区くらいしか足を踏み入れられないようなものですし」
「だからこそ視野が狭くなるのですよ、聖職の悪いところです。その視野の狭さがいずれ教会の腐敗に繋がるかもしれません」

リシャールの正義感溢れる言葉の中に、引っかかる単語を聞き取ってアヴィレスははっとした。
「教会の腐敗」、ジョナサンの遺言状に書かれていたものだ。その「教会の腐敗」からソラを守って欲しいと。

言葉の綾としてその単語を出しただけかもしれない。しかし、リシャール大司教はジョナサンの殺害に関わっているのだろうか。この美しい顔に付いた涼しげな双眸が、まるで自分の奥底を探っているかのように感じて、アヴィレスはぞわりと背筋を凍らせた。


「……サー・アヴィレス、どうなさいました?」
「…あ、いや……実は、叙任式の前からトイレに行きたいと思っていまして…」
「あぁ、緊張すると行きたくなるものですからね。長話に付き合わせて申し訳ございませんでした」

廊下の曲がり角に差し掛かり、2人は立ち止まった。リシャールはにこりと愛想良く微笑むと、アヴィレスの手をいきなり掴んで握手した。女のように美しい容姿ではあるが、手は大きくて男のそれだ。

「世界中を旅した貴方にとってここは窮屈かもしれませんが、私は貴方のような方が来て下さって嬉しいのです。友人として、これからよろしくお願いします。私はいつでも貴方の味方ですから、分からないことがあったらいつでも頼って下さいね」
「……あ、ありがとうございます、心強いです」

リシャールに手を掴まれ、ぐっと顔を近付けられてアヴィレスはその圧力に思わず顔を仰け反らせた。目の前に美しく整った顔があり、お互い男とは言え、その距離感に気圧されてしまった。

もしかしてリシャール大司教がジョナサンの殺害に関わっているのかもしれないと一瞬疑ったが、見たところ敵意は無さそうである。
驚いているアヴィレスを見て目を細め、ぱっと手を離すとリシャールは丁寧に頭を下げて廊下を歩き出して行った。取り残されたアヴィレスは、その後ろ姿をじっと見つめた後、彼とは違う方向に向かって歩き出した。
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