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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
それからしばらく手本選びに集中した。無理にでもそうしないといけない気がしたからだ。
じっくりと、そこにある文字を一つずつ観察するように凝視する。一点一画を丁寧に見ていくと、楷書は楷書でも作者によってその姿はまったく異なることが素人目にもわかった。理知的な字、洗練された字、悠然とした字、切れ味のよい字、妙味に富んだ字……。
潤がその奥深さに唸りながら法帖をめくっている間、藤田は静かに横からそれを見守っていた。潤が自ら感想を口にするまでは決して先に説明をしない。その無言には、先入観を持たず感じたとおりに評してほしいという想いが込められているように思えた。
残すところあと三冊となった。やはり藤田からは事前に情報を与えられることなく、潤はページをひらいた。
「ああ……」
思わず感嘆のため息がこぼれる。そこに堂々と構える雄健な字に、潤の心は一瞬にして奪われた。
全身を強風が吹き抜ける。まるで腹の底をくすぐられているような浮遊感とともに、率直な想いを声に乗せる。
「先生。私、これが好きです」