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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
潤が納得して頷くと、微笑んだ彼はふたたび書に目を落とす。その鋭く引き締まった横顔をさりげなく見つめたあと、潤もまた同じように視線を書に戻した。
「それまでは、東晋時代の王羲之(おうぎし)という書家の優美で貴族的な書風が好まれていました。欧陽詢の書は、王羲之の伝統に倣って確立された厳密な書法に基づいているのです。顔真卿の書はその古法を継承しながらも、それとは異なる美意識のもとに培われました。人間性を重んじる革新的な書道で、特に楷書はかなり個性の強いものですから、現代でも評価は二分されています」
藤田はゆったりとした口調で語った。
「賛否両論あるということですか」
潤が静かに尋ねると、彼は「まあそういうことです」と答える。
「行書においては王羲之に匹敵すると文句なしに称賛されているのですがね。それはまた今度」
藤田はそう言うと法帖を机の上に置き、残された最後の法帖を手に取った。