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滲む墨痕
第4章 一日千秋

 そういえば、すっかり萎縮してしまっていた潤を気遣って藤田の個展に行くことを勧めたのも、書道教室について教えたのも美代子だった。それを思い出すと、どうしても母の言葉を深読みしたくなる。

――菊池さんよ。私に知らせたのは。

 まさか美代子が裏で潤と藤田を引き合わせ、それにより生じた夫婦の亀裂を母に告げ口して混乱させ、野島を内から破滅させようとしているのではないか。

「はっ、馬鹿な……飛躍しすぎだ」

 誠二郎は自嘲し、根拠のない妄想を無理やりかき消した。この地に戻ってきてから、精神が乱されているのか疑心暗鬼になることが増えた。思っていたより次期社長の重圧に鬱屈させられているらしい。
 目に見えない他人の心など見ようとしなければよい。少し前の自分ならそうやってたやすく他人を遠ざけることができていたが、ここではなにもかも距離が近すぎる。窮屈なほどに。

 玄関のほうで物音がした。はっと顔を向けると同時に開けられた戸の向こうには、誠二郎に不信感を与えた元凶が申し訳なさげに佇んでいた。

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