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滲む墨痕
第2章 顔筋柳骨
反射的に、潤はその口元に注目した。
無精髭に囲われた魅力的な唇。ほんの少しこちらに近づき、薄くひらいた。その奥で綺麗に揃う白い歯がかすかに見えると、藤田の身体が、じり、と寄った。
「……っ」
潤は、とっさに俯いた。
「あの……潤さん」
その低い声が耳のすぐ上で響いたとき、背筋を疼きが駆け上がり、秘密の濡れ襞がひそかに収縮した。
藤田の書を目にしたときに想像した息遣いが今、直接鼓膜を震わせている。耳が熱い。きっと真っ赤に染まっている。
さきほど手を握ってきたとき、左手薬指に指輪があることに藤田は気づかなかったのだろうか、と潤は不安になった。だがそんなものは要らぬ心配だったと、次に落とされた言葉が証明した。
「もしかしてあなた、野島屋に嫁いだ……」
「……っ」
はっとして顔を上げた潤は、思いのほか至近距離にある藤田の黒い瞳から逃れるように顔を背けた。
「違います」
「……そう」
「私はただの、野島潤です」