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第3章 雪泥鴻爪

　机を前にして正座する彼女が背筋を伸ばし、腕を構えたとき、その小さな後ろ姿の周りを流れる空気が止まった。横から照らす柔らかな白い外光が、その服の黒を際立たせていた。雑色が取り払われ、彼女の真の色が残されたのだと主張しているようだった。
　肩に力が入ったその細い背中は、背後からの視線に気づいているのか、それとも単に緊張しているのか、筆を入れるのをためらっているように見えた。ややあって、覚悟を感じさせる吐息が聞こえ、彼女の腕が動いたとき、昭俊はそっとまぶたを下ろした。彼女の纏う空気の邪魔をしないように。

　しばらく心地よい静けさに身を任せたあと、昭俊はまぶたを上げてみた。
　視界に映ったのは、集中しているせいか少し前かがみになった背中と、白いうなじ。結われそびれた艶髪の細い束が、耳の後ろから肩に垂れていた。歪みのない烏の濡れ羽色――そう思った瞬間、彼女が静かに筆を置いた。