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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪



 午後三時半を過ぎてすぐ、玄関のチャイムが鳴った。がらがらと重い戸を開ける音がして、「こんにちは」という聞き慣れた女性の高い声がする。

「今日は一段と早いな」

 ひそかに呟いた昭俊は、書棚からいくつか選び取っていた法帖を机の上に置き、書斎をあとにした。
 長い廊下を早足に進むと、土間には書道バッグを手から提げた小学五年生の小川綾華と、いつものように上品に着飾った母親が佇んでいた。

「千秋先生、こんにちは」
「はい、こんにちは」

 おとなしいが礼儀正しく挨拶する綾華に笑みを返すと、彼女の隣で頬を綻ばせた母親が「先生」と色っぽい声を出した。

「いつもお世話になっているのでお菓子を持ってきたのですが、もしよかったら……」

 言いながら、その手に持っている小さな紙袋を遠慮がちに差し出す。

「綾華と一緒に作ったんです」
「手作りですか。わざわざすみません」
「甘いものは大丈夫ですか」
「ええ。ありがたく頂きます」

 微笑んで式台に足を下ろせば、嬉しそうに目を細めた彼女が綺麗に巻かれた肩ほどの髪を揺らして一歩こちらに近づいた。ふわ、と甘い香水の匂いが鼻を掠める。

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