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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪

 男性の言い分に内心傷つきながらも、たしかにそうだ、と潤は思った。基本的に宴会でのお酌は仲居の仕事ではない。しかし、時と場合を考えれば、もう少し柔軟にさりげなく対応できたかもしれない。

「ああ……まったくもう」

 眼鏡の女性が盛大なため息とともに呟いた。

「だから嫌だったのよ、大川さん酔うと面倒だから」
「なっ……」

 男性もなにかを言い返そうと口をひらいた、そのときだった。

「大川さん、ほどほどにしましょうよ。仲居さんはコンパニオンじゃないんですから」

 背後で聞こえた優しげな低音は、救いの神のように降りてきた。
 聞き覚えのある声にはっと振り向いて見上げると、そこには淡い煤(すす)色のVネックセーターを着た男が立っていた。昨日見た無精髭と作務衣の印象はすっかり消え失せてしまっており、それが藤田だと認識するのに数秒かかった。

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