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いつかの春に君と
第3章 永遠の花
…それからは…
殺伐とした凄まじい日々だった…。
ひたすら上官命令に従い、アナーキストや危険分子らを捉え…抵抗するものは容赦なく射殺した。
鬼塚に斬りかかってくる容疑者を、妻子の前で銃殺したこともある。
妻の狂ったような叫び声、子どもの泣き声を聞いても鬼塚は表情一つ変えなかった。
…容疑者は陛下のお馬車に爆弾を仕掛けようとしていたのだ。
容疑者の自宅からは夥しい爆薬や発火装置が見つかった。
そんな国賊は殺されて当然だ。
俺が手を下さなければ、危険分子はまた蜘蛛の子を散らすように東京中を散らばるだろう。
鬼塚は、いつしか容疑者に銃口を向けることに何の痛みも疑念も持たなくなった。

…本当に…思い出したくもないことばかりだ。
良い思い出はひとつもない。

…ひとつだけ、とても美しい人に出会った。
その人が淹れる珈琲はとても美味かった。
…玻璃のように繊細で透き通るような美貌は、どこか小春を思い起こさせた。
暗闇の中を闇雲に彷徨っていた鬼塚の唯一の小さな光だった。
…だが、そのひとももういない。

俺が大切にしているひとは、次々に手のひらからすり抜けてゆく。
小春…大佐…
…そして、異国の密やかな花めいた薫りがする美しいひと…。

鬼塚はすっかり夕闇に覆われた美鈴の家の縁側に座り、煙草を咥えながらジッポーのライターで火を点ける。

…ライターをふと見つめる。
酷くひしゃげたそれは、男の誕生日プレゼントとして贈るつもりのものだった。

葬儀の時に棺に入れようとして…なぜだか止めた。
そして、それはそのまま鬼塚のものになった。

硫黄島の戦闘の際、軍服の胸ポケットに入れたこのライターは銃撃戦の弾除けとなり、鬼塚は九死に一生を得た。

…あのひとの最後の置き土産だったのかな…。
鬼塚はふっと笑う。

男の亡き後、市ヶ谷の家屋敷は鬼塚の名義に変えられていることを男の弁護士から聞かされた。
鬼塚名義の驚くほどに多額な預金通帳も遺されていた。

だが、その市ヶ谷の家も空襲で焼けて跡形もなかった。

戦後、硫黄島から引き揚げた鬼塚が一番に訪れたその場所は瓦礫の山でしかなかった。
廃墟と化した男の家を見ても、鬼塚は涙を流さなかった。
涙は男を喪った時に流し尽くした。

…鬼塚はもはや男の温もりはおろか、面影すらも思い出せないのだ…。



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