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女鑑~おんなかがみ~
第16章 献身
「え,断るって,若槻さんの紹介でいらっしゃるお客を,すべて,ですか」
葵は驚いて声を上げた。

「当然だろう。この前だって,一つ間違えたら,お前さんは殺人の共犯になってしまうんだよ。
そういうことがあれば,この店もやっていけないし,ほかの女たちも商売ができなくなる。
こういう商売をしている女は,いろいろな悪行の手助けをさせられることが多くて,けれど,もし何かあったときには,真っ先に切り捨てられる。
ひょっとしたら,計画を立てた奴らは上手に要領よく逃げて,全部お前が一人でやったことにさせられるかもしれないよ。」

「そんな,それでは私のお客は・・・」
女将の説明はすべて納得のいくものであったが,それでも葵は思わず泣きそうになっていた。
「そんなに無理をして客を取らなくてもよいだろう。
本当はお前の歳では,この商売をやってはいけないんだ。だから,表面上は,芸妓だということにしてあるだろう,みんな。
時間のあるうちに,踊りや三味線をきちんと習ったらどうだい。
子どものころに日舞と琴を習っていたのなら,すぐにうまくなるはずだよ。

それから,当然だが,外に手紙を出すのも禁止だ。
本当なら,抱えている芸娼妓の手紙はこちらで確認するのが当然なのに,つい信用しすぎてしまった。
何しろ,自分の弟と,誰よりも素直で真面目なお前との手紙だからね。
二人とも私などと違って学があるのだから,明らかに意味をなしていない文章や,ときには英語やらが混じっていても,そのまま見逃していた私が愚かだった。」

「そんな,それはあんまりです。どうかお許しください。私・・・・,それでは・・・,これから・・・」
葵は自分でもわからないくらい涙を流し,しゃくりあげて泣いた。
そして頭を畳に擦り付けて許しを請おうとした。

「おかしな子だね。いつも聞き分けが良すぎるくらいによいのに,こんなときに限って泣き止まないなんて。いったいどうなっているんだろう」

葵は,女将が呆れてため息をつくのを聞いて,確かに変だと自分でも思った。
身売りという話が出たときも,それが決まったときも,そして若槻によって初めて身体を開かれたときも,ほとんど悲しみを感じることはなかったのに,なぜ,いま,こんなに悔しくて悲しいのだろうか。
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