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女鑑~おんなかがみ~
第1章 身売り
操子は身体全体が耳になったような感じで両親の会話に耳を傾ける。それにしても、これまでは両親の会話が操子の部屋にまではっきり聞こえることはなかったのにどうしてだろう。そういえば、ふすまの前にあった大きな飾り棚が数日前からなくなっていた。お母様お気に入りの西洋人形が並んだ飾り棚が、これまではお父様とお母様の声を防いでいたのだ。
お母様が娘時代にわざわざ取り寄せたというあの大きな飾り棚は一体いくらで売れたのだろうか。靴を履いた巻き毛の人形たちも売られていったのだろうか。

お母様ったら、大きな壁がなくなったことにも気づかず、大声でお父様と話されるなんて、操子は少し可笑しくなる。

「だが、花嫁修業をするといってもだ。実は、高木君がな、操子とのことは白紙に戻したいと言ってきているんだ」
今度はお父さまの声。
「なんですって。高木様も、そんなお方だったなんて。以前には、御次男だから婿養子でもよいとおっしゃっていたのに。
でも、ほかにも前にお申込みがあったでしょ。旦那様のお姉さまの嫁がれた先のお家のご親戚の、ええっと、たしかお医者様をなさっているという」
「いや、あの件も実は、もうなかったことに、と」

操子は少し驚いた。自分に縁談がいくつかあることは薄々知っていたが、具体名までは知らなかった。特にお父様の学校時代の先輩のご子息だという「高木君」であれば、女学校の級友の兄でもあるから、学校で気まずくなったらどうしようか、と思った。

お母様はいつも「女学校を卒業したら、いろいろといいお話があるでしょうから、そのなかから気に入った方のところに行けばよいわ」とおっしゃっていたのだ。
いろいろと、状況が変わってきているようだ。
幼いころは家に何人も職人さんや女中さんがいて、かしづかれるのが当たり前だと思っていたが、人の運命というのはこんなに変わるのかと、ぼんやりと思う。
こんなとき、正義感の強い孝秀兄様がいてくれたら。
お兄様ならこんな会話を聞いてどう思うだろうかと思う。

それにそもそもお兄様が、突然学校をやめて家出したからいけなかったのだ。
高等商業の一年生だったお兄様が女中さんとの恋愛事件を起こして家出をしたのが三年前だ。
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