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姦譎の華
第14章 14
14


「──おいブス」

 もはやほとんど会話をすることはなくなっていた。呼ばれてもなるべく無視をして、まともに取り合わないよう努めていた。

 この時も、無言で勉強を続けていたのだが、

「おい、聞こえてんだろ、ブス」

 いつもはブツブツと文句を言いながらも退いていくのに、母は巻舌にしてもう一度、娘の呼び名と決めた二文字をぶつけてきたのだった。

「……なに?」
「ここ、引っ越すことにしたから」

 もう蔑称には何ら心が動じないまでになっていたが、その後続いた予想だにしなかった通達を聞いて、さすがにノートに走らせていたシャープペンシルが止まった。

「いつ?」
「明日の昼。それまでに用意しとかないとほってくから」
「だって……、学校は?」
「そんなの役所に届けるんだから向こうでうまくやってくんなきゃおかしいでしょ。何のために税金払ってると思ってんのよ」

 強く音を立ててふすまが閉められる。

 そんなことってあるのだろうか、と担任教師に電話をすると、翌朝慌てて学年主任が家を訪れた。すでに業者が入って荷上げを始めている中、転校に係る手続きを説明された母は、保護者へやたらへりくだって接する学年主任へ向け、何のために税金を払っているのか──とは言わなかった。

 申し訳ありません、娘のほうから伝えさせたつもりでいましたが、急に決まったことで仕事も忙しく、思慮が足りませんでした。神妙な顔つきで深々と頭を下げている。そして、仕事に、子育てに、生活に、とても疲れています、でも気丈に頑張っているんです、そんな色を仕草の端々に浮かべ、先生のお力で何とか今からでも間に合いませんでしょうか、と物を頼むだけにしては多くのボディタッチを施した。

 結局、起こった問題を解決するよりも、起こった問題が実は問題ではなかったほうが有難い学年主任がうまく事を計らい、卒業までもう一年も無いというのに、恙無く生まれた街を離れることになったのだった。

 それにしても身勝手極まりない話だった。引っ越す件を直前まで言わなかったのは、単に娘へ嫌がらせをしたかっただけだろうか。

 それとも、街に居れなくなった理由でもできたのだろうか。

 後者を思ったのは、引き続き母は男を家へ連れ込み、ふすまを挟んだ向こうで肉杭を突き刺してもらっていたからだ。
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