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堕ちる
第1章 1
「あんた、何やってんの?」

江藤さんが、低い声で言う。

怒っているのだと思った。

僕は、江藤さんの下着には決して触れていない。

しかし触れそうなほど手を近づけ、喰い入るように見つめていたのは事実だ。

その様子を見られていたのか──

「ごご、ごめ――」

「暖房つけといてって言ったじゃん」

江藤さんが僕の手からリモコンをもぎ取り、スイッチを入れた。

微かな機械音とともに、生温い風が吹き付ける。

「んじゃ、勉強教えてよ」

そう言うと江藤さんはテーブルの前に腰を下ろし、鞄からノートと筆箱を取り出した。

僕に下着を見られていたことなど、まるで気にしていない。

いや、そもそも見られていたことに気づかなかったのか?

「何やってんの? そこ座りなよ」

取り敢えず、責め立てられなかったことに安堵し、しかしそれでも拭いきれない不安とで頭の中がごちゃごちゃになっていた僕に、江藤さんはそう言うとテーブルの向かい側を指す。

とにかく、江藤さんの指示に従うしかなかった。

指された位置に腰を下ろし、テーブルを挟んで江藤さんと向かい合う。

だが江藤さんの顔をまともに見ることなど出来ず、僕は視線を下げ、自分の手元をじっと眺めた。

沈黙が流れる。

僕はすぐに耐えきれなくなり、江藤さんさんの顔色を窺うように、恐る恐る視線を上げた。

すると見えたのは、キョトンと、不思議そうにしている江藤さんの表情。

怒りや不信感と言った感情は微塵も感じさせなかった。

「何やってんの?」

「いや、あの……」

「早く教えてよ」

その言葉からは、江藤さんが勉強を教わろうとしていることしか汲み取れない。

本当に、下着を見られていたことなど気にかけていないようだった。

それがわかると、僕の心はようやく落ち着いた。

ほっと息を吐き、改めて江藤さんを見つめる。

「えっと、じゃあどの教科を……」

「全部教えてほしいんだけど……じゃあ、取りあえず数学から」

「わかりました……じゃあ……」

僕は鞄の中から学校で使っている教科書を取りだし、パラパラとページを捲った。

「どこがわからないんでしょうか? この辺とかは?」
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