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花の輪舞曲
第1章 夜啼鳥の小夜曲
笙子は驚いた。
「伽倻子様の?…こんなに大きな息子さんがいらしたのですね」
伽倻子は岩倉の父親の年の離れた妹だ。
東京の華族に嫁ぎ、その華やかな美貌と行動力は社交界でも大変に目立つ存在であった。
また、一ノ瀬家が経営する銀座の宝飾店のお得意様の一人でもあり、その縁から甥の医学博士である岩倉を紹介し、笙子はカウンセリングを受け、ひとつずつ過去のトラウマから立ち直ることが出来たのだ。

笙子の声に、環はちらりと彼女を見上げ…一瞬驚いたように眼を見張った。
…そして、そんな自分に機嫌を悪くしたかのように直ぐに眼を逸らした。

「環、僕のお嫁さんの笙子さんだ。
環とは年が近いから、話も合うだろう。
仲良くして差し上げてくれ」
岩倉がそう声をかけると、環は興味なさげに運ばれてきたお膳の小芋をつつき出した。
「ふうん…。あんた、いくつ?」
「十八です。よろしくお願いします」
「へえ…。千紘は高尚に見えて、意外に女には手が早いんだね。十八の女の子に手を付けて、責任取って嫁にもらう羽目になった訳?」

辛辣で意地の悪い言葉に、岩倉がため息を吐く。
「環、お前はどうしてそう歪んだ考え方をするんだ」
笙子は少しも気分を害することなく、環に微笑みかけた。
「環さん、私が千紘さんに無理やりお願いしたんです。
…私を千紘さんのお嫁様にして下さい…て」
意外な言葉に、環は呆気に取られた。
「へ?」

三つ子が一斉に騒ぎ出した。
「わあ!千紘ちゃん、モテモテやなあ!」
「こんな綺麗ないとさんに好き好き言われたんか?」
「…もうキスしたん?千紘ちゃん…」
のんびり屋の駿がにこにこしながら尋ねた。

道子が慌てて三人を広間から追い立てる。
「あんたらもう学校行く時間や!早よ支度しい!
また遅刻したら、おやつ抜きやで!」
大騒ぎしながら、三つ子は走り去って行った。

岩倉と笙子は見つめ合い、小さく笑った。
「…恋惚けか…。アホらしい…」
環がふんとそっぽを向いた。

篤子が澄ました貌でお茶を飲みながら告げる。
「環ちゃん、あんた今日笙子さんをこの辺案内しとおみ」
「へ?なんで俺なんだよ!」
「千紘さんは大学行かなあかんさかいなあ。あんたが笙子さんを案内するんや。
あんた、暇やろ?」
「環さん、よろしくお願いします」
和かに笑いかける笙子に憮然としながら、環は浅漬けの胡瓜をばりばりと食べた。
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