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花の輪舞曲
第1章 夜啼鳥の小夜曲
玄関先で待っている環の前に現れた笙子のスタイルを見て、彼は眉を上げた。
「…そんな格好で行くの?オペラハウスにバレエを観に行くんじゃないんだよ」
「…だめですか?」
笙子は困ったように自分の服を見回した。
白いレースのブラウスに白いロングスカート、ライラック色の丈の短い上着には母が持たせてくれたカメオのブローチが付いている。
「靴、そんなヒールじゃあ直ぐに足を挫くよ。
…嵐山は山っていうくらいだから、坂道が多いんだ。
ブーツ持ってないの?」
「…ないです…すみません…」
…急遽、岩倉に付いて来てしまったので、当座の着替えと身の回りの品しか持ってこなかったのだ。
母親が送ってくれているはずの荷物が着くには数日かかるだろう。

しゅんとする笙子に肩を竦め、環は
「…付いてきて」
さっさと玄関を出た。

慌てて後を追うと飛び石の先に、真っ赤な自転車が止まっているのが目に入った。
環はその自転車のサドルに跨り、にやりと笑った。
「後ろに乗って」
笙子は眼を見張った。
「…あの…これ…」
「これなら歩かないで済む。
ドイツから取り寄せた最新式の自転車だ。
…後ろに人を乗せるのはあんたが初めてだよ。
感謝してほしいね」
「…あ、ありがとうございます…」
つんと澄ました貌をする環に、笙子はこわごわと後部座席に横坐りに座った。

丁度様子を見にきた女中の志津がその光景を目の当たりにし、慌てふためき飛び出してきた。
「ちょっ…お、お嬢様!何をなさっているんですか⁈環様も…!」

環は志津を見遣り
「お嬢様は俺が預かったよ。心配するな、この辺りを案内するだけだからさ」
そう嘯き、笙子を振り返って悪戯めいた眼差しで笑った。
「俺にしっかり捕まらないと、落ちるよ」
笙子は慌てて、環の腰に手を回した。

笙子のほっそりとした美しい白い手がしがみつくのを満足気に確認し、環はペダルを力強く漕ぎ出した。
「お嬢様!」
「大丈夫よ。志津、心配ないわ」
志津を安心させるように笑顔を作った。


自転車が加速され、笙子は必死で環にしがみつく。
…甘く優しい花のような香りが漂う。
長く美しい髪が風に吹かれて、環の腕をくすぐる。
笙子が余りに軽くて、乗っているか心配になるほどだ。
…まるで妖精みたいだな…。


環はそっと笑みを浮かべ、門扉に続く長い道を走り出した。






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