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花の輪舞曲
第1章 夜啼鳥の小夜曲
「あんたをモデルに絵を描きたい。
俺は…ずっと絵をやめていた。自分の中に描きたいものが何もなくて…。
でも、今は違う。あんたが描きたい。
あんたをキャンバスに描きたいんだ」
切々と笙子に訴える環の言葉は、まるで愛の告白だ。
その瞳には今まで岩倉が見たことがないような…滾る情熱の光に満ちていた。

…環は小さな頃から絵が好きだった。
貌立ちは伽倻子に生き写しの美貌だが内向的な性格で、友達が少なかったせいか一人で画用紙に向かって黙々とクレヨンや色鉛筆で絵を描いている姿をよく目にした。

この子は暇があると絵ばかり描いているのよ…。
…それはそれは一心不乱に…。
そう伽倻子が目を細めながら、岩倉に話したのを覚えている。

幼いながら環には画力もセンスもあり、小学校の頃から著名な西洋画家のアトリエに通い、絵画を習っていた。
星南学院の中等部に進んでからも展覧会に出展しては、新人賞などを総甜めにしていた。
絵を描いている時の環は、普段のどこか世の中を斜に構えているような冷めた表情は一切なく、年相応の生き生きとした光や熱量に満ちたものだった。

…それが高等部に進み、校内で暴力事件を起こしてからはぴたりと絵を描くことを辞めてしまったのだ。
嵐山に預けられた時も、伽倻子が送って寄越した画材一式の箱は開けることもなく放置されていた。

…それが今…。
笙子に向かって、まるでプロポーズするような情熱の言葉と眼差しを投げかけているのだ…。

…これは、紛れもなく恋の情動だ…。
岩倉は冷静に理解した。

唐突な申し出に、笙子は明らかに戸惑っていた。
「…そんな…私がモデルなど…無理ですわ…」
困惑したように首を振る笙子に、諦めることもなく環は、更にかき口説く。
「あんたは俺の前にいてくれるだけでいいんだ。
…あんたをキャンバスに描かせてくれ。
俺のミューズになってくれ」

環の手が、笙子の手を捉えようとした瞬間、岩倉が二人の間に立ちはだかった。
「環、私に断る必要があるとは思わないのか?
…笙子さんは私の妻だ」

環の切れ長の澄んだ眼差しが、鋭く岩倉を見上げた。
…それはもはや従兄弟を見つめるものではなく…一人の恋敵を見据えるような…強く激しい眼差しであった。
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