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自由という欠落
第3章 選べない貴女





 カップル専用のホテルの個室は窓がなかった。夕刻か夜かも甄別し難くなったものの、少なくとも陽子は昼休み以来、一口も物を口にしていない。まずは空腹を落ち着けるため、軽食を頼んだ。少女の方は隙間時間、友人達とケーキを食べてきたのだという。


 陽子は優雅な夕餉をとった。素うどんと豆腐サラダ。働き盛りの女にしては健康志向な献立が皿から消える頃、浴室のシャワーの音もひいた。


「『オセロー』っていう戯曲を久し振りに読んで、ちょっと怖気づきました」


 花びらでも舞っていったような芳香が、陽子の鼻を刺激した。昆布出汁よりずっと強い。


 バスローブをまとった少女は、さっきのロリィタ服に身を固めていた時より幾らか大人びていた。火照った肌に、まとめ上げた長い髪。陽子のために送られてきた、生まれたばかりの人形のようだ。


「本、相変わらず好きなんだ。どうして?」

「ヒロインのデズデモーナは、してもいない不義の濡れ衣を着せられて、駆け落ちまでして一緒になったオセローに殺されるから。あとになって、彼を嫉妬していた軍人イアーゴの罠だと知って、オセローは反省するけど。山本さんの彼女さんは、山本さんを殺したって反省しない。する必要ないですもん」

 陽子の隣に座った少女は、天気の話でもする口ぶりだ。スマートフォンをチェックして、本当に天気予報でも見ているのではないか。

 山本さんというのは、少女が陽子に呼びかける時の名だ。ちなみに陽子は、少女をまひるちゃんと呼んでいる。
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