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復讐の味は甘い果実に似て
第1章 終わりと始まり
 幸いにも、恵梨は部屋にいる気配はなく、大学に行っているようだった。
 
 合鍵の入った封筒を、戸口の郵便受けに落とすとき、僕はまた涙が溢れそうになったが、もう、どんなに雄弁な言葉よりもはっきりと、現実という形で結論は出てしまっている。
 僕は、自分の未練を断ち切るように恵梨のアパートを去ろうとしたが、そこで意外な人に声をかけられた。何度か見たことのあるこのアパートの大家のおばさんだ。

「ええと、あなた、確か、208号室の水瀬さんのお連れさんよね?」
 ええ、と僕は頷いた。お連れさんという言葉は否定したかったが、今さらこのおばさんに込み入った話をしても仕方ない。もう、ここにくることもないのだから。
「……できれば、こんなことは言いたくないんですけどねえ。このアパートは、女性専用ってことでお貸ししてるんですよ。ですから、あんまり男の人には出入りしてほしくないんです。」
 迷惑そうにおばさんが僕に言った。

 ええ、もちろんそれは了解しているつもりです、と僕が言葉を挟む間もなく、大家さんがさらに小言を僕にぶつけてくる。
「水瀬さんのお隣の部屋の方から、ここ2カ月ほど、水瀬さんのお部屋に、3日と開けずに男の人が出入りしてて困るって、苦情があったところなんですよ。」

 僕には全く身に覚えのない話だが、心当たりはある。
 多分、昨日の男だろう。
「それにねえ、お部屋でそういうことをするのも、ちょっと遠慮していただきたいんですよ。隣の方へのご迷惑も考えてくださいな。あなたは大学院生って聞いていたから、もう少し分別のある方だと思っていたんですけどねえ。」

 大家のおばさんは僕に向かって言うだけ言うと、さらに小声でぶつぶつ言いながら花壇の植え込みをいじり始めた。
 
 僕は、間男への悪行まで肩代わりさせられるのか。
 しかも、2カ月も前からなんて……。
 あまりの情けなさに、僕はもう涙も出なかった。

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