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午睡の館 ~禁断の箱庭~
第3章 おまけ

「櫻子……」

辛そうに耳元で囁かれる自分の名前に、櫻子の瞳が一瞬揺れる。

(そんなに……そんなに私を抱くのが辛いのならば――)

ぎゅっと目を瞑った櫻子を置いて、雅弥は一人、浴室へと消えていった。





シャワーを浴びた雅弥が、妹の身体を清める為に寝室への扉を開く。

ガチャリ。 

真っ暗な寝室に一筋の光が差し込む。

それは徐々に幅を増し、櫻子の白いふくらはぎを捉える。

そして投げ出されるように放り出された手の先には、薬ビンが転がっていた。


「櫻子……?」


雅弥の口から訝しむような声が漏れる。

さらに開かれた扉からの光が櫻子の蒼白な顔を捉えた時、雅弥はがくがくと震え、その場に崩れ落ちてしまった。


(私なんか、いなくなってしまえばいい――)





東儀兄妹は週末を利用し花火大会を見ようと、共もつけず海辺のプライベートコテージに来ていた。

あの日、睡眠薬を大量に服用した櫻子は発見も早く、直ぐに処置を施されたために後遺症もなく命を取り留めた。

一週間こん睡状態であった櫻子が目を覚ました時、枕元には憔悴しきった雅弥の姿があった。

しかしもうそんな雅弥を見ても、櫻子の心が震えることは無かった。

「こっちを見てくれ……櫻子」

海へとつながる砂浜のテラス。

その後ろには打ち上げ始められた、いく数もの花火。

人形の様に微動だにせずテラスのソファーに座っている櫻子の前に、雅弥は跪いていた。

櫻子の鼻腔を、潮と雅弥の香水と火薬の匂いが混じった香りがくすぐる。

「………」

これ以上苦しみたくないと櫻子の心が訴え、全ての情報をシャットダウンしようと大きな瞳が閉じられる。

鼓膜を揺らす波の音、花火の音、兄の呼吸の音。

そういったものが徐々に遠くに過ぎ去っていくのを感じた、その時――。

 
「櫻子……愛してるんだ……」


ふと自分の中に入り込んだ、一節の言葉。

 
(……愛して……いる……?)


その呟きは固い蕾が綻んでいくように、櫻子の心の隙間に入り込りこむ。

閉じられそうになっていた聴覚が、徐々に元の働きを取り戻す。

「妹だと……。赦されない事だと、分かっている……でも……」

「お前がいないと、私は生きていけない……!」

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