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最後の女
第1章 良子
俺が“がん”になるとは……。
葛西誠一は病室のベッドの上で、清潔そうな天井を見つめながら、心の中で呟いた。
40歳の今になるまで、病院に入院したことなどなかった。
毎年の健康診断も“要観察”の項目さえなかった。
健康だけが自慢だった。
仕事が落ち着いた先月、妻に勧められ、2日間の人間ドックに入ったとき、大腸にポリープが見つかったのだ。
精密検査の結果“悪性”と診断された。
内視鏡での手術は困難と言われ、開腹手術を行うことになった。
ただ、ごく初期の段階で医者の話では『100%大丈夫です、とは言えませんが、摘出すれば大事には至らない現状だと思います』というあいまいだが、心配はないだろうとの見方だった。
3日前に入院し、今日これから手術だった。
ベッド脇のテーブルに置かれた小さな猫のキャラクターを模った置時計を見る。
中学生になる娘の菜月が買ってきてくれたものだ。
8時を少し回っていた。
置時計の傍らに電源を切った携帯電話がある。
不安だった。
落ち着かない気持ちでいた。
病気のこと、手術に対する不安ではない。
昨日の夜、携帯電話が許可されている談話室のブースから良子にメールをした。
『明日手術だ。でも、心配ない』
何気ない報告メールのつもりで送信した後、すぐ電源を切り病室に戻ってきた。
今朝早く、同じブースで電源を入れると、昨日の深夜近くに良子から返信が来ていたのだ。
『大丈夫。あなたなら病気なんかに負けないわ。明日、会社休んでお見舞いに行くね』
誠一はすぐさまその場で返信した。
『来なくていいよ。家族も来るんだから』
その場でしばらく待ったが、返信がなかった。
あきらめて病室に戻ってきたのだった。
家族だけとは、鉢合わせだけは、しないように祈って……。
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