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マスタード
第2章 想い出の店
「あらっ、奏ちゃん。お久しぶり」

とママが嬉しそうに迎えてくれた。1年ぶりだというのに覚えてくれていて、しかも、天宮先生から奏ちゃんに替わっている。
たまにしか来ないのに常連さんみたいで何だかくすぐったい。

「今日は1人?」とママが言ったので、お酒を用意してくれている間にまた吹奏楽の遠征で来たけど、今回はお酒を飲まない先生ばかりだという状況を簡単に話した。

「ごめんね、リサは店を辞めちゃったのよ。やりたいことが見つかったんで東京に行っちゃったの」

奏が店内をキョロキョロしているのに気づいたのかママが申し訳なさそうに言った。

「やりたいことが見つかって東京に出たんならいいことじゃない。陰ながら応援しているよ」

目茶苦茶ショックで押し潰されそうなのを隠して奏は明るく笑った。
ショックだし、裏切られたような感じもあったが、妻と別れられずに幸せにしてあげることもできずにいる自分にリサを愛する資格はない。だから、自分のような男のことは早く忘れて ステキな人生を送って欲しい。

ママからリサのことを聞いてから返事をするほんの僅な時間で頭の中でそう考えた。陰ながら応援していると前向きなことを言えたのは上出来だと奏は自分を褒めた。

「リサはね、辞める前にもう一度だけでも奏ちゃんに会いたいってずっと言ってたのよ」とママが懐しそうにリサの姿を思い出していた。

そうか、リサは店でも奏ちゃんって言ってくれてたんだ。だからママにも奏ちゃんが伝染ったんだと少し嬉しくなった。

だったら言ってくれればよかったのにとも思った。リサに会いたいと言われればどんな無理をしても来たのに。いや、無理を言って困らせないように気遣ってガマンしてくれたのかな。そういうところはリサらしい。

いつも奏たちが座っていたボックス席の客たちがカラオケを始めた。勿論奏の気持ちなんて知らないだろうけど、失恋ソングばかりを歌っている。
失恋ソングが実に心に染みて、その客たちが少し恨めしく思えた。

『愛』を出ると奏はリサと歩いた道、初めてキスをした場所を辿って歩いた。初デートはたこ焼き屋さんだったと街外れまで行ってみたが、たこ焼き屋さんは廃業してしまっていた。

看板娘のリサがいなくなって客が減ったのかなと思いつつ初デートの思い出の場所までなくなって奏はセンチメンタルになっていた。

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