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わたしを見ないで
第4章 指名返し
 雑居ビルの一室にある事務所は壁紙がタバコのヤニで真っ黄色に変色している。


 壁にはズラッとホワイトボードが設置され、名前入りのマグネットがびっしり貼り付けられている。
 出勤した女の子の名前だ。
 名前マグネットの下の枠内に記入される赤字マーカーは指名予約、青字はフリーだ。



 入店7日目。
 わたしの欄は今日もまた、すべて赤字で埋まってる。
 ひとつも埋まっていない名前マグネットを見ると、いつ自分もそうなるか考えただけで恐ろしかった。




「ーーで、2本目が180分、新規のおじいちゃんなんだけど」 


 出勤してきたわたしに、時間いっぱいビッシリ詰まった予約表を手渡すメガネの太った店員がちらりと心配そうな視線を向けてる。


「この人ちょっとクセあるからなぁ…もしどうしてもなにかあったらすぐコールするんだよ?」


 わたしは予約表を受け取ってから「クセ?」と訊き返した。
 メガネデブは険しい顔をしながら中指でメガネを上げた。


「うーん、ほかの女の子が言うにはね、どうも“わざとお尻を拭いてないみたい”で。なのにシャワー拒否、即尺強要…」


 ゲェーッと舌を出して見せると、デブメガネは険しい顔で、


「でもオキニが辞めちゃったから色んな子に入って、新しいオキニを探してるみたいだよ。気に入られたらこの人もホント浮気しない。なるべく上手く交わしてやってみて、どうしても無理ならコールして」


 と背中を押してくれた。
 それから…と、出発しようとしたわたしの背中をデブメガネが引き止める。


「ラスト60分のご指名さんから問い合わせが入ってるんだけどね。今日の退勤21時だけど、20時からの120分にできないか本人に訊けって」


 聞いた瞬間、なんとなく嫌な予感がした。


「えっと会員番号…、どんな人かわかりますか?」

「体がごついイケメンの兄ちゃんだよ」


 あぁ…。
 わたしは思わず目をギュッとつむって笑いをこらえた。


「現時点では分からないって言っといてもらって、入ってから延長とってもいいですか?」


 メガネデブはブフォッ!と笑って、クリップボードを確認しながら「オッケー」と言った。







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