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フレックスタイム
第6章 婚約、そして初めての夜
一度帰宅すると、
社長はパリッとしたスーツに着替えた。

ケンも黒い半ズボンにシャツにカーディガンという、
イギリス王室の王子のような格好に着替えさせると、

「これからリリィのお父様とお母様に、
挨拶に行くから、
お行儀よくするんだよ?
出来るかな?」と社長が言うと、

「僕、良い子だもん」と言って笑った。


そして、社長の車で、
本当に久し振りの実家に向かった。


実家は、私のマンションやケンの幼稚園にも近い閑静な住宅街にある、母が丹精込めて育てた薔薇が美しいガーデンが目を引く家で、
子供心にずっと自慢に思っていた。
大学教授の父は、
大抵日曜日も自宅の書斎で過ごすことが多かったので、
勿論その日も自宅に居た。
同居している祖父も、自分の書斎で仕事をしていた。
今でも辞書の編纂をしているダンディで大好きな祖父に会うのも久し振りだった。


「早くに判っていれば、
たくさんお菓子を焼いていたのに、
今日はクッキーとブルーベリーのパイしかなかったわ」と言いながら、
パイを切り分けてお皿に乗せるのを、私も手伝った。

「リリィ、僕もお手伝い、出来るよ?」とケンが言うので、
クッキーのカゴを運んで貰った。

「あら、お利口さんね?
何歳なの?」と母が訊くと、

「4歳です」と答えて笑う。

「まぁ!」と言って、
母が喉を詰まらせる。

息子が亡くなった歳と同じだったからだ。
生きていたら、もう10歳だ。
6年経っても、
哀しみが癒えることはないのは、
父や母も同じだった。


「百合ちゃん、お紅茶、運んでくれる?」と言われて、
ティートレイに紅茶のセットを一式載せて運ぶ。

父と祖父がそれぞれの書斎から出てくる音がした。


2人が部屋に入ると、
社長は立ち上がって挨拶をした。


「突然お邪魔して申し訳ありません。
松田翔吾と申します。
百合さんが勤務する会社の代表取締役社長をしております」

「お座りください。
話は家内から伺いましたから。
まあ、お茶をどうぞ?」と父が言って、
ケンに「何歳?」と訊いた。


「4歳です」と言われて、
父もグッと涙を堪える様子が見えた。


その時、ケンが嬉しそうに言った。

「このクッキー、リリィが作るのと同じ味だね?
僕もお手伝いして、一緒に作れるよ?」


「ごめんなさい…」と母が席を立ってキッチンに行ってしまう。
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