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第1章 レディスキッチン 園
 短大の二年生の時、就職は地元でと考えていた彩乃は、六月に入って実家へといったん戻って来た。

 父親の知り合いが経営している会社の面接を特別に受けさせてもらえるとの事だったからだ。父が言うには、地元で一番の優良企業で、この面接も形だけ、すでに採用は織り込み済みとの事だった。

 彩乃は面接を済ませた。面接をしてくれたのは社長自らだった。「君のお父さんには色々と世話になっているのですよ」などと言っていた。彩乃は、いつも家でだらけている父の姿しか知らなかったが、ひょっとしてすごい人なのかもと、思いを改める事にした。

 また、面接の帰りしなに社長から「来年からここで頑張ってください、お父さんによろしくお伝え下さい」とも言われた。父に連絡すると「そうか、採用決定だな」と嬉しそうに言っていた。

 彩乃にしてみれば、あっけなかったが、短大の友達たちが就職に苦労しているようなので、内心はほっとしていた。

「さあて、残りの短大生活は遊んで過ごそうかな」

 彩乃は悪戯っぽく呟く。

 地元を離れ、下宿しながら短大に通っている彩乃には、地元が妙に懐かしく、新鮮に映る。面接後、すぐに帰ろうと思っていたが、ちょっとぶらぶらと駅前を歩いてみる事にした。高校生の頃は駅前は煤けていてしょぼくれた印象があったのだが、今まであった店が無くなっていたり、新しい店が出来ていたで、明るくなっている。近郊の都市のベッドタウンの役割を持つようになって変わったのだろう。

「日々変わっているんだなぁ……」彩乃はきょろきょろしながら呟く。「……わたしも変わんなきゃね」

 と、ぐうと腹が鳴った。そう言えば、面接に気を取られて昼食を摂っていなかった。スマホで時間を確認すると、午後二時を少し回っていた。……まだ昼食の時間よね。彩乃はそう思い、周囲を見回す。幾つかの食事処が目についた。

 ……あんまり重いものは食べたくないし、かと言って軽食じゃ物足りないだろうし。

 そう思っていると、五階建てのビルの前に「女性食べきりサイズ」と手書きされた看板が立っているのが目についた。看板の横には地下へ通りる階段がある。

 階段を覗くと、白字で「レディスキッチン 園」と書かれた緑色のアクリル製のドアが見えた。

 ……へぇ~、面白そう……

 彩乃は思い、階段を下りて行った。 
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