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夢魔の半生
第1章 アパート
 7時00分。目覚まし代わりにセットしてあったテレビが点く。画面の中では中堅お笑い芸人と女子アナが嘘臭い爽やかな笑顔で朝の挨拶をしている。
 ワイドショーのティッシュペーパー一枚の重さもない薄く軽い情報を聞き流しながら着替えをすませる。薄手のTシャツの上にベージュ色の無地のシャツと黒のGパン。実にシンプルな出立ちだ。これが平凡を絵に描いて額に入れたような俺の顔によく似合う。ウォー○ーをさがせじゃないが人混みに紛れた俺を捜し出すのはかなり骨が折れる作業になるだろう。
 洗面所で歯を磨き髭をあたり顔を洗って髪を梳き準備完了。ズボンの後ろポケットにさして入っていない財布を差し胸ポケットに充電を済ませたスマホを入れるとスニーカーを引っ掻けて6畳二間のアパートを出る。
 空は文字通りの五月晴れ。風麗らかな新緑目に染む良い季節だ。
 「あ、山嵜さん。おはようございます。」
 階段を降り背の低いブロック塀の門から道路に出た俺に声を掛けてきたのはアパートの一階に住む大家だった。
 未だ三十路中半だというのに二年前に亭主と交通事故で死に別れた未亡人だ。名前は狭山敏恵(さやま・としえ)という。肩甲骨まで掛かるボリューム豊かな明るめの茶髪と少し垂れ目の美人というより可愛いという印象の女性だ。
 掃除中なのだろう。白いブラウス、水色の膝丈のフレアスカートにエプロンを掛けて手には箒を持っている。
 「お出かけですか?」
 小首を傾げて尋ねてくる敏恵に近づき耳元に口を近付けると髪から立ち上る柑橘系の甘やかな薫りが鼻腔を擽る。
 「女漁りだ。」
 小さく答えながら右手を伸ばしてスカートの上から肉付きのよい尻を撫でてやる。
 「アァン」
 敏恵は手を払いもせず鼻に掛かった声を漏らすと頬を上気させる。
 「ダメ。」
 なんとか睨み付けようとする目も尻臀を揉んでやるとトロリと溶ける。
 「なんだ?尻を触られて朝っぱらから欲情してるのか?」
 耳元で揶揄するとイヤイヤと首を振る。その度に柑橘系の薫りが広がる。
 敏恵を初めて抱いてからもう一年近くなる。最初は人目を憚りもしたが今では朝の往来でも関係なしだ。なにしろ敏恵は未亡人だし俺は独身。肉体関係を持とうが誰からも文句言われる筋合いはない。お巡りから「屋外では控えて」と言われない限りは誰に遠慮がいるものか。
 
 
 
  
 
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