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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第3章 新たなる道の前で
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「…ヴァレット…?」
言われた意味が分からず、鸚鵡返しする。
狭霧は大きな商家出身とは言え、一般庶民の出だから貴族世界のしきたりや暮らしには疎い。
西洋の…となれば尚更だ。
「…ヴァレットって何?」
「ヴァレットは、つまり従者だ。
簡単に言うと、私の身の周りの世話をするすべての仕事…要するに補佐官のような役割を担うのだよ。
従者は、日本には馴染みのない仕事だが、英国やフランスではとても高い地位にある使用人なのだよ。
かつては宮廷に住み込んで、礼儀作法を学ぶ良家の若者の仕事だった。
…私の旅行や夜会や晩餐会、舞踏会、お茶会に付き添い、狩猟や乗馬ではアシスタントを務める。
どんな旅や訪問でもスムーズに運ぶように準備や、フットマンたちの監督もする。
まあ、私設秘書のような役割だな。
語学もある程度堪能でなくてはならないし、知性や教養、完璧な礼儀作法も必要だ」
…そしてとても大切なのは…
北白川伯爵は、匂い立つような艶めいた眼差しで狭霧を見下ろした。
「…見目麗しく、華やかで見栄えがする青年であること…」
「…へ?」
伯爵は大袈裟に端正な眉を跳ね上げた。
「…君はぞっとするような美貌なのに、言葉遣いだけはいただけないな」
狭霧はむっと押し黙る。
にやりと笑いながら、伯爵は続ける。
「…ただ、君は庶民とはいえ、大きな商家の出身だから人に傅かれて育っただろう。
人を使う事はあっても、使われることはなかったはずだ。
だから、そのことに我慢ができるか…だな。
…それから、美術学校はもう通わなくて良いのか?」
「…そんなこと…」
狭霧は肩を竦めた。
確かに家には生まれた時から下女や下男が何人もいた。
かつては坊ちゃん坊ちゃんと言われて育った。
…けれど今、実家はきっと火の車で、使用人など解雇していることだろう。
ユキも大学に進学できるかどうか…。
それを思うと自分の美術学校などどうでも良かった。
…それに、和彦の想い出が詰まった美術学校に戻りたいとは思わなかった。
狭霧は真っ直ぐに伯爵を見つめた。
「学校に戻る気はない。
絵はもう描かない」
きっぱりと言い切った。
伯爵が何か言いたげに口を開く前に、狭霧は毅然と告げた。
「…俺に仕事をくれるなら、何だってありがたくやらせてもらう。
俺は少しでも金を稼いで、実家に仕送りしたいんだ。
…ユキのために…」
言われた意味が分からず、鸚鵡返しする。
狭霧は大きな商家出身とは言え、一般庶民の出だから貴族世界のしきたりや暮らしには疎い。
西洋の…となれば尚更だ。
「…ヴァレットって何?」
「ヴァレットは、つまり従者だ。
簡単に言うと、私の身の周りの世話をするすべての仕事…要するに補佐官のような役割を担うのだよ。
従者は、日本には馴染みのない仕事だが、英国やフランスではとても高い地位にある使用人なのだよ。
かつては宮廷に住み込んで、礼儀作法を学ぶ良家の若者の仕事だった。
…私の旅行や夜会や晩餐会、舞踏会、お茶会に付き添い、狩猟や乗馬ではアシスタントを務める。
どんな旅や訪問でもスムーズに運ぶように準備や、フットマンたちの監督もする。
まあ、私設秘書のような役割だな。
語学もある程度堪能でなくてはならないし、知性や教養、完璧な礼儀作法も必要だ」
…そしてとても大切なのは…
北白川伯爵は、匂い立つような艶めいた眼差しで狭霧を見下ろした。
「…見目麗しく、華やかで見栄えがする青年であること…」
「…へ?」
伯爵は大袈裟に端正な眉を跳ね上げた。
「…君はぞっとするような美貌なのに、言葉遣いだけはいただけないな」
狭霧はむっと押し黙る。
にやりと笑いながら、伯爵は続ける。
「…ただ、君は庶民とはいえ、大きな商家の出身だから人に傅かれて育っただろう。
人を使う事はあっても、使われることはなかったはずだ。
だから、そのことに我慢ができるか…だな。
…それから、美術学校はもう通わなくて良いのか?」
「…そんなこと…」
狭霧は肩を竦めた。
確かに家には生まれた時から下女や下男が何人もいた。
かつては坊ちゃん坊ちゃんと言われて育った。
…けれど今、実家はきっと火の車で、使用人など解雇していることだろう。
ユキも大学に進学できるかどうか…。
それを思うと自分の美術学校などどうでも良かった。
…それに、和彦の想い出が詰まった美術学校に戻りたいとは思わなかった。
狭霧は真っ直ぐに伯爵を見つめた。
「学校に戻る気はない。
絵はもう描かない」
きっぱりと言い切った。
伯爵が何か言いたげに口を開く前に、狭霧は毅然と告げた。
「…俺に仕事をくれるなら、何だってありがたくやらせてもらう。
俺は少しでも金を稼いで、実家に仕送りしたいんだ。
…ユキのために…」
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