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小綺麗な部屋
第2章 招待

 その朝は衝動から目覚めた。

 眼球が向いた宙に浮いた両手の甲に見覚えのないホクロが浮き出て、なんだろうと眺めているうちに真っ白い空間が空き缶の中みたいに銀の筒状にぎゅっと捻られる。
 風が吹いたわけでもないのに髪の毛がわっと舞い、黒い線が雨みたいに散った。
 空だと思っていた空間から悪寒がするほどの質量のぬったりとした銀の液体が流れ込んできて、咄嗟に頭を守った両腕に触れた瞬間、足元に緑が広がり埋め尽くす。
 牧場だ。
 黄緑の世界は果てしなく、まだ感覚が残っている銀色の液体は消え失せて、気持ちの良い紫の空にオレンジの雲が漂っている。
 地平線から無数の黒ごまが近づいてきたかと思えば、それは全て右側にノブのついた木製の扉で、左右の端を足みたいにひょこひょこと器用に闊歩する。
 そのうちどれかが現実につながっているんだ。
 あと十六秒以内に見つけて目覚めないと、ホクロがもうひとつ増えてしまうんだ。
 正解のノブは真っ赤だからすぐわかる。
 見つけた、でも届かない。
 だからおれはペガサスのツノを床から引き抜いて箒のごとく跨り飛び上がった。
 あとは真っ直ぐ突っ込むだけ。
 風を切り堂々と。
 次々進行を邪魔しようと前に割り込んでくる扉たちをツノの先で払い目当ての出口へ。
 手を伸ばす前に開いた向こうは真っ暗闇。
 そうだ、こっち側では飛べない。
 重力が七倍。
 ずんっとベッドに落下して汗だくのまま目を見開いた。
 息が切れて、肩が苦しそうにこわばり肺が膨らむ。
 カーテンから差し込む光が七時くらいを告げていた。
 まだ飛んでいるみたいに上半身が熱い。
 そっと身を壁に向けてあくびを一つ。
 今日は休日。
 まだ眠っていいんだ。
 まどろみに浸かる耳に金切り声がつんざいた。
「何度目だと思ってるのよ!? あの子ももう直ぐ中学に上がるのよっ」
 母の声は朝に聴くのが一番嫌いだ。
 重い頭を起こして、ナメクジみたいに這ってベッドから降りると階段まで忍歩きで向かう。
 だんだんはっきり母が怒鳴りつけている相手の声も聞こえてきた。
 出どこは玄関だな。
「前も聞いたわそれ!」
「しょうがないだろ、今は大事な時期なんだよっ」
「それしか言えないのっ? うんざりよ。うんざり」
 ざ、にアクセントを置いた耳障りな言い方が母の特徴。
 今朝も夢のが良かったみたい。
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