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海鳴り
第9章 夕凪
「楽しみですね」


嫌な女になっていく


「今日は良いお話しを聞かせて頂いてありがとうございました」


律子は静かに立ち上がり、俯く相沢の横を通って玄関に向かった。



早く掴まえて…



靴を履く


「お邪魔しました」


引き戸を開ける


「律子…」

「………」


背中に相沢の声が響いた。


その胸で泣きたい


「…俺は…あんたを引き留められねえ…」

「……、いいんです…それで…」


その腕も

胸も

唇も…
声も

冷たい眼差しさえも

私を引き留めるのに



律子は胸の奥の奥から込み上げて吐き出しそうな呻きや嗚咽、無様な叫び声をぐっと堪えて扉を閉めた。

夕暮れの通りを歯を喰い縛って歩く。



ゴォーーーーー……



呼んでる



ゴォーーーーー……



和男さんが呼んでる



黒く重い空の向こうから吹いてくる海風は律子の心にも激しく吹き荒れ、ドォーンドォーンと辺りに響き渡る海鳴りは、相沢の慟哭のように哀しく胸に迫ってきた。



まだ泣けない



律子は海に背を向けて歩いた。

心は相沢に向かっていた。



和男さんが呼んでる

呼んでる

呼んでる…




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