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海鳴り
第6章 海鳴り
『アザミ』に行った日を最後に律子が相沢と言葉を交わす事はなかった。

武の音読カードの10月のページは、きちんと枠の中に印が付けられるようになった。


「父ちゃんがね、10月はいちばん最後に花まるくれるって」


武のカードに記入されるまるや二重まるの印の下に確認印を押す事が、相沢との唯一のやり取りだった。
時間は静かに流れていった。

律子は授業に集中し、子供達と秋の遠足に出かけ、運動会も楽しんだ。

武と一緒に綱引きをしたり、かけっこの応援をしている相沢を意識しながらも必死に目を反らせ、武を肩車しながら帰って行く背中を見つめた。

誰にも疑われないように素早く視線をはぐらかし、目にした愛しい人の一瞬を胸に焼き付けた。

相沢が振り向く前に、律子は背中を向けた。

時にはあからさまに目を背け、拒否し続けた。


きっと慣れる
そして忘れられる…

私はこの町から、いなくなるのだから…

妻子ある男なのだから

私は教師なのだから


たくさんの理由を並べ、そのどれもが正しいと知っていた。

けれども裏腹な心は切なく相沢を見つめたがり、その声を聞きたがった。
律子の中に二人の自分がいた。

どの自分でいるべきかはちゃんとわかっていた。
ちゃんと知っていた。




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