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張型と旅をする女
第2章 出会い

するとまたぼそぼそ女の話声がする。
話は一方的で、相槌はない。
本当にあの女性の向かいに誰か座っているのだろうか。

「私」は不格好にも、何かを落としたフリをして中腰のまま女性のいるボックスを覗いてみた。

向かい合うシートの真ん中に固定された小さなテーブルがあるのだが、その上に暗い茶色の古い木箱が置かれている。
ラウンジに入った時は木箱は見えなかったから、床かシートに置いていたものを後からテーブルに乗せたのかもしれない。
膝丈程はありそうな縦に長い立方体で、もし黒壇ならかなり重いはずだ。
そして、驚いたことに女性の向かいには誰も座っていなかった。

くくり罠にでも嵌ったかように動けないでいると、木箱にすっぽり隠れていた瓜実顔の女性がひょいとこちらに顔を出し「私」を見据えた。

「何かお探し?」
紅をひいた薄い唇が問うた。

「もう探しものは見つかりました。失礼しました」
立ち上がりながらポケットに物を入れる演技をした。

「お一人?お暇ならわたくしの与太話に付き合いませんか。お酒もありますよ」
そう言って目の前の席へ手招きした。「私」は誘われるがまま女性の向かいに座った。

細く白い手が黒壇の箱を窓際に少し寄せたので、女性の顔が真正面から見えるようになった。

歳は30歳くらいだろうか。顔色は青白く痩せている。紅い唇だけが生をもっているように見える。
そしていつも笑っているような目と口の形が、狐の面を彷彿とさせる。でもどこか憂いている。
“薄幸の美人”そうだこれだ。しっくりくる。

だが彼女の全身から放たれるこの妖艶な空気は何だろう。
東京はかなり人口が増えたというが、このような雰囲気の女性に会ったことはない。閉塞な田舎ならではのものなのだろうか。

細い指がゆるゆると藤色の風呂敷の結びを解くと
秋田の古い酒蔵の大吟醸がでん、と立っていた。
黒壇の箱もそうだが、4合瓶とお猪口を持って旅をしている女性を初めてみた。

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