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飴玉ひとつぶん
第1章 退屈しのぎ
 都内の大きな公園の木陰には、ベンチやテーブルがズラリと並び、皆思い思いに過ごしている。ひとりでベンチを占領して昼寝をする者。友達や恋人と会話を楽しむ者。景色などをスケッチする者など、さまざまだ。

 どこにでもいる、平々凡々な男子大学生、キヨも、そこに溶け込み、背中合わせの状態で置かれているベンチの向こう側にいるカップルの会話を聞いていた。

「ねぇ、レイ君って、休みの日とか何してるの?」
 甘えるような猫なで声は、数分前にキヨ達に話しかけてきた女子。同じ大学に通っているのだろうが、キヨも連れも、彼女のことなんて名前も学年も知らない。
「んー? 皆と変わんないよ。ゲームしたり、その辺のカラオケとかゲーセンで遊んだり」
 淡々と、しかし愛想よく返すのは、キヨの連れ、レイ。レイは容姿にも家庭環境にも恵まれており、皆が貴重な休みや放課後に汗水垂らして家賃や学費を稼ぐ中、スタバで新作フラペチーノを飲みながらスマホをいじっている。
 ちなみに誰もが羨む高級マンション暮らしである。

「えー、意外。皆と違うことしてると思った」
「俺だって、普通の大学生だよ。どんなことしてると思ったわけ?」
「うーん……。分かんないっ!」
「そっかぁ、分かんないかぁ」
 背後で重なるふたりの笑い声。ぎゃははと下品で耳障りな女に比べ、レイの笑い声はカラッとしていて、羽のように軽い。

「好きな人とかいないのー?」
「いるよ」
「えー? 誰誰ー?」
 声だけでぶりっ子ポーズしてるのが伝わってくる、粘ついた甘ったるい声。溶けかけの飴玉のようで、思わず舌打ちしたくなるのを、ぐっとこらえる。

「君とか」
「きゃああああっ! マジで言ってる?」
「試してみる?」
 軽いリップ音。

 ――キス、したんだ。ダチが聞いてるのに。

 愛のかけらすらないキスの音に、キヨの心はざわめく。もう少しで酒や煙草に手を出してもいい年齢になるが、キヨはまだ、恋というものを知らないし、好きでもない女と付き合ったり、一般的に価値がないとされている、男の初めてを捧げようという気にはなれない。
 そんなキヨからすれば、いくら好意を寄せられているとはいえ、好きでもない女とキスをするのは理解し難い行為だ。
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