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きのうの夜は
第9章 加仁湯
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ただ、セックスだけはもうしたくないと思っていた。
それ以外ならば、問題なく付き合えるような気がしていたのだ。
「これ以上、無理強いはしないから…泣くなよ…」
そう言うと吉村は私の身体を起こしてくれる。
私の目から涙が頬を伝って流れていた。
「う、うん…」
私は、こう言って頷くしかなかった。
「でも、俺は彩夏のことが好きだから…それだけは忘れないでくれ…」
これを聞いても何と答えて良いのか分からなかった。
私は乱れた浴衣を直した。
部屋には鬼怒川の渓流の水の流れる音と、鳥のさえずりが満ちている。
少しの間、気まずい雰囲気が二人を包んでいた。
私は、泣くのをやめて気を取り直してこう言ったのだ。
「もう、泣くのはやめるわ…温泉に浸かりにいってくる…」
「うん、そうだな…気分転換に行ってくるといい…」
私は立ち上がると手ぬぐいを持ち部屋を出た。
そして、13程ある温泉を巡って行った。
どれも、みな小さな浴槽だったが、とても愉しかったのを覚えている。
そんな温泉巡りをしていたら、陽は傾き夜の闇が迫って来た。
夕飯は部屋食だったが何を食べたのか覚えていない。
多分、また鹿刺を頼んだのだろう。
私は、夕飯を済ませるとまた一人で今度は露天風呂に行った。
その間、吉村も温泉に浸かりに行っていた様だった。
私は、ひとりの時間を愉しんだ。
この時、本当に嬉しかったのだ。
この日の夜、吉村はセックスを要求してこなかった。
私は、自分の布団に入り、ぐっすりと眠ったのだ。
翌朝も、起きると直ぐに温泉に浸かりに行った。
吉村は、布団の中でグズグズとしている。
私は、サッサと帰る支度を始める。
それを見て焦ったのか吉村も荷物をまとめ始めた。
帰りは、加仁湯のロビーで何かお土産を買ったように思う。
帰りの電車の中で、私たちは余り話をしなかった。
私たちの二泊三日の奥鬼怒での旅行はこうして終わったのだ。
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