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一度だけ抱いて~花は蝶に誘われてひらく~
第12章 第一部・第三話 【月戀桜~つきこいざくら~】 十六夜の月
月明かりに照らし出されたその人物は齢(よわい)五十過ぎの小柄な男だった。恰幅が良すぎるほど良い体軀を上物の着物に包み、どこか猪を思わせるいかつい顔の中で眼は酷薄そうに光っていた。
「いや、気のせいだろう」
栄佐は短く応え、小男は安堵したように頷き、二人ともにまた御堂に入っていった。小紅は始終、生きた心地がしなかった。鋭い栄佐のことだから、嗅ぎつけられたと思ったのだ。利口な人間なら、ここで回れ右をして帰るのが最善だと判っていた。
「いや、気のせいだろう」
栄佐は短く応え、小男は安堵したように頷き、二人ともにまた御堂に入っていった。小紅は始終、生きた心地がしなかった。鋭い栄佐のことだから、嗅ぎつけられたと思ったのだ。利口な人間なら、ここで回れ右をして帰るのが最善だと判っていた。