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一度だけ抱いて~花は蝶に誘われてひらく~
第1章 【残り菊~小紅と碧天】 始まりは雨
「お嬢さま、お嬢さまっ」
何故か重たい頭は、まだ芯が眠っているようで、こんなことは珍しい。いつもならとっくに目覚めている刻限だ。
「どうかしたの?」
本来なら主人の娘の寝間に無断で入室してくるのは無礼だ。だが、そのときの嘉一の狼狽えぶりはただ事ではなかった。
「一体、何があったの?」
まだぼんやりとした意識を持て余しながら問えば、嘉一は泣きそうな声で訴えた。
「旦那さまが―夜逃げされました」