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吼える月
第6章 変幻
 

 馬を走らせれば半刻もしないで行ける揺籃だが、人の足では思った以上に時間がかかる。しかも小雨で道がぬかるみ、足がとられる。


「……っ!?」


 その途中でサクは道の様相から、これ以上進むのを断念した方がいいと悟った。


 大木が……道が、岩が。

 囓られている痕跡がある。


 あまりにも不自然すぎる、欠損具合。

 これが人為的だとしたら、思い浮かべるものはひとつ。



「……餓鬼か」



 この先は揺籃だ。

 揺籃が餓鬼の来襲を受けたかどうかの事実判定は、ここではできないが……餓鬼がいる可能性が高い場所に赴くのは愚行だ。


 なによりサクの本能が告げた。

 揺籃に行かない方がいいと。



 ……揺籃は、きっと消滅している。


 黒陵が誇る都は。

 ユウナが大好きだった街は。

 リュカと出会ったあの街は。

 シュウが生まれ育った故郷は。


 祠官が住む屋敷ごと……消え去ったのだ。

 まるで、泡沫の夢のように――。



「……ここからなら、黒崙が一番近いな」



 少し遠回りにはなるが、西に向かえばサクの住まう街……黒崙(こくろん)に着ける。


 揺籃ほどの大きさはない寂れた街だが、サクが生まれ育った街だ。


 早くユウナを温かな場所で休ませたい。

 暖かな湯に浸からせたい――。


 ひとときでも、彼女に安楽な夢を見させたかった。


 もしかして父も、帰宅しているかもしれないと淡い期待を抱きながら、餓鬼が黒崙に向かっていないことを祈り、サクは進路を変更した。

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