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吼える月
第31章 旅路 ~第三部 朱雀の章~
 

「でも、姫様。いざという時踏ん張りがつかなかったら……」

「あら、あたしには武神将がいるのよ。サク、よろしくね?」

 美しいユウナがにっこりと微笑めば、険しい顔つきだったサクの口元が緩んだのだが、シバの咳払いでサクはまたきゅっと口を引き結ぶ。


「駄目です。今日は寝て下さい!」

「あたし元気なのよ? だから……」


「お前はサクとここにいろ」

 
 ユウナの肩を押すようにして、強制的に座らせたのはシバだった。


「オレとテオンは、暫く帰ってこない。先に休んでいろ」

「シバ、あたしも……」

「いいな!?」


 シバにギロリと睨まれて、ユウナは唇を尖らせながらも、渋々頷く。


「俺が言っても聞かないのに、どうしてシバなら……」

「ぶちぶちうるさいぞ、玄武の武神将! お前の言うことを聞かないのは、お前が甘やかしすぎたせいだ。お前に責任がある!」


 びしっと指を突きつけられて言われた言葉に、サクは反論出来ない。

 昔から好奇心旺盛で、思い立ったら即行動の我が儘姫に辟易しながら、惚れた弱みとばかりに、尻ぬぐいをさせられてきたサクである。

 美姫と名高い姫が、にっこりと微笑んでくれるだけで、単純なサクはどんな我が儘を聞入れてきたのだ。

 ユウナを叱ることができるのは、ハンだけだった。しかしそのハンですら、ユウナの笑顔に負けて、何度も我が儘をきいていたくらい、ユウナの笑顔には魔力めいたものがあった。


「オレとテオンは、ふた刻は戻って来ない」


 シバはいつもより大きな声を張り上げた。


「えええ、そんなに回るの?」


 テオンが驚いた声を上げたが、シバは無視をして続ける。


「いいな。ふた刻だ」


 言葉の矛先は、サクに向けられている。


「ふた刻、オレ達は帰ってこない!」

「わかったって。おい、そんなに念押すほどの馬鹿じゃねぇぞ、俺……」


 小さくいじけたままのサクの胸倉掴んだシバは、ぎらぎらと鋭い目をサクに向けて、小声で言った。


「ふたりにさせてやるんだ。そのしけた面、なんとかしろ!」


 ……シバは気を利かせて、ふたりきりになるようにしてくれたらしいことに、ようやくサクは気づいた。

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