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吼える月
第32章 多難
 
 

「あの青龍殿といえば、確かに"人為的"に幻覚を見せられていたよね。しかもまるで幻覚だとわからずに」


「そうだ。俺たちを近づけさせたくないという、人間の、きちんとした意思があったんだ」


 テオンは砂漠を見渡す。


「だけどさ、規模が大きすぎじゃない? この砂漠……果てがないよ? 緋陵の土地の広さと、青龍殿の広さは、遙かに違うよ?」


「ああ、確かにそれはそうだ。だが、あの青龍殿は青龍の力により、他の力を封じながら俺たちに幻覚の罠を見せて、出口のない無限回廊にしていたんだ。だとすればこれもまた、出口なきものの変形だとは思わねぇか?」


 青龍殿のように、至る所に罠があるわけでもないが、希望を打ち砕くような果てない砂漠。先の見えない疲労感と絶望感には、おそらく青龍殿も砂漠も差異はない。


「人為的だというのなら、必ず抜け道があるはずだ。必ず、幻覚の終焉はある」


「まあ、なにかからくりがあって、どこかに解決策があったとしても、これだけ大がかりな幻覚を、誰が作ったというのさ!」

 
 サクは言った。


「神獣朱雀から力を奪い、本体をラクダに変えた張本人だな」


 朱雀すら気づかれずに、入れ替えができる者がこの緋陵にはいる――。


「それが単数なのか、複数なのかはわからんが、砂漠の幻覚が続くということは、この国にまだいるだろう。他国では、他国の神獣の力が影響を及ぼすだろうから」


 どこにいるというのか。

 蠍とラクダしかいない、縹渺とした砂漠の中に。


『ふむむ……。そんな巨大な力を持つ者は緋陵にはいなかったぞ。勇将サラなど火は顕現できたがほとんど攻撃力にはならず、代わりに武術を磨いておった。歴代武神将には、我の力を持たぬものも居たのだ』


「なにそれ! 緋陵では、神獣の力がなくても武神将になれるってこと!? じゃあ祠官も!?」


 青龍の力がないゆえに苦悩していたテオンが口を尖らせる。
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