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吼える月
第36章 幻惑
 

「なんですって!?」
『なんだと!?』
 
 興奮したラクダの鼻から飛び散った不純液が、サクの身体にべとりとついて、サクは顔を歪めながらその粘液を手で払い取る。

「サク、どうしよう。いやよ、溶岩に落ちるなんて!!」

「助かる方法はひとつだけあります」

 厳しい顔をしたサクはすくりと立ち上がり、ユウナとラクダに言った。

「全速力で走ること」

「え……」
『え……』

「後ろから追ってきているんだ、とろとろしねぇで駆け抜けるしかない!」

 ユウナの頭上を飛び越え、ユウナの前に立つサクは、ユウナの華奢な手を掴んで叫んだ。

「行きます! 姫様、イタ公落とさないように手で抑えて!」

「え、ええええ!? サク、サク、きゃあああああ!!」

 襟巻き化した動かないイタチをぎゅっと掴むユウナは、今までのようによろける暇もないほど、サクに前方に引かれて、足だけを忙しく動かす。

 ……突然のことについていけないのは、置いてきぼりの座り込んだラクダ一匹。

『玄武の武神将よ。我は、我はどうすれば……』

 すると遥か前方でサクの声が響いた。

「自力で頑張れ! 神獣の底意地、見せてやれ!!」

『お主、朱雀の我にあまりにも……』

「とろとろしねぇで、走れよ。後ろから来るぞ?」

 ラクダが後ろを見ると、もうそこまで道が崩れて来ていた。
 ラクダは一度勇ましく嘶(いなな)き、今までの移動がなんだったと思うくらいに憤然と、まるで闘牛のごとき猛速度で細い道を駆けた。

『我だってやれば出来るのだ! これくらいの速度なら、きっと距離も離したに違いな……ばへぇぇぇぇぇ!!』

 しかしラクダの速度に比例するように道の崩壊も速度を強めたようで、ラクダは血走った目をしながら死に物狂いで走るが、それでもまだサクに追いつかない。

『ふん、ふん!! 我は神獣朱雀ぞ。朱雀の底意地、見せてやる!!』

「ラックー、あんまり意気込むなよ!! 毛が抜けるぞ」

『ひぃぃぃぃっ、我の髪、抜けるな抜けるな!! 風を切っても、しっかり地肌にしがみついておれっ!!』

 ……轟音と共に、悲鳴交じりの……あまりに切実なラクダの声が木霊することになった。
   
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