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吼える月
第36章 幻惑
 
「まず、ラックーの言う、淡水とやらのところに行こう」

「そうね。果実もあるというのなら、触れたり匂いを嗅いだり出来るものね」

 方向はラクダの指示に従いながら、ふたりと一匹は慎重に進んで行く。
 
「甘い香りが強くなってきましたね」

「うん、あたしも感じる。ラックーちゃんは?」

『然り。我も匂いを感じるぞ。しかしたくさん吸っては、砂が鼻に入ってしまうからな』

「そういえばラックーちゃん、最初に会った時も砂の中にいたわよね。あの時と同じ感覚なの?」

 甘い匂いが強まっていく。

『ふむ、似ておるな』

「あんなにみっちりと砂がないのに、似ているの? だったらもしかして、砂なんか感じないのに砂だらけの場所に来ているのかしら、あたし達」

 そんな会話を聞いていたサクが、ユウナに尋ねる。

「姫様、首にイタ公巻いてますよね」

「ええ」

「イタ公、ちゃんとまだ体温ありますか?」

「勿論よ。ぽかぽかとしていて、温かいわ」

「ぽかぽかね……。だったらイタ公を触って下さい。まだ毛並みはふわふわですかね?」

 ユウナはサクの声に従い、白イタチを優しく撫でる。

「ふふふ、尻尾までふーわふわよ。いつも通り、撫でると気持ちいいわ」

「……つまり、姫様がぽかぽかと感じるということはこの場は寒く、イタ公が砂でざらざらしていないということは、やはりラックーの感覚が狂っているように思えるな。だけど、唯一の共通項である甘い香りはなんだ?」

 歩くにつれて強まる香りは、体の隅々にまで浸透していき、くらくらとした眩暈を感じるほどになる。

 これは嗅いではいけない類いのものだとサクが気づいた時には、ユウナの体は倒れ、その嫋やかな体をサクの両腕に抱きしめた時には、サクの意識も薄れていく。

 意識が闇に溶けていくのを感じながら、サクは誰かの声を聞いた気がした。

「――サク!!」

 それが、愛おしいひとの声ではなく、自分を裏切った友の声に聞こえるとはと、サクは嘲るように笑いながら、強制的に意識を底に沈めた。
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