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吼える月
第36章 幻惑
 
「さあ、姫。気をつけてここから出よ」

 空間の狭間の亀裂より、ユウナの背を押しやる玄武の姿が薄くなる。

「これより我の刀が、我に代わってそなた達を守る。だから姫よ……」

「玄武様!?」

 亀裂が小さくなっていく。
 その奥の玄武の向こうに、砂漠が見える。

 ユウナは手を伸ばすが、玄武は微笑んだままだった。

「――この先、真なる苦悩に立ち向かうべく、強くあれ」

「玄武様、玄……イタ公ちゃん!」

 消える。
 神々しいまでの存在感が放たれた存在が。

「姫、この姿は消えるが、また……共に旅をしようぞ。我はたらふく……ネズミを食いたいのだ!」

 わざとなのかわからない。
 しかし玄武は、くだけたようなイタチの口調にてそう笑う。

「美味しいネズミの尻尾を、姫にやるからな」

 間違いない。
 この玄武は、いつも一緒にいた白イタチなのだ。
 青龍の国を助ける手助けをしたために、罰を受けている……慈愛深き神獣なのだ。

 玄武は姿を変えながらも、いつでも共に在る。

 ならばなにも怖くない。

――この先、真なる苦痛に立ち向かうべく、強くあれ。

 この先、なにが起きろうとも――。

 ユウナは小さくなる隙間の向こうに声を張り上げる。
 あえてイタチに呼びかけるような親しみを込めて。

「イタ公ちゃん。イタ公ちゃんがあたしの国の神獣でよかった。いつもありがとう。そして……また、よろしくね」

 玄武が笑った気がした。

「待っててね、必ず……目覚めさせてあげるから! あたし達を信じて待っていてね!」

 ユウナの声が届いたかどうだかはわからない。
 空間が閉ざされてしまったから。
 
 ユウナは見えなくなったそこに向かって、深々と頭を下げた。
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