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吼える月
第14章 切望
 


 ようやく事態に気づいたらしいサク。

 くぅ~くぅ~と腹の虫のような変な音が聞こえているのは、サクの頭に乗せられた子亀からだ。なんだかくったりしていて、時折サクが声をかけている。


 サクの手に渡ったあの赤い柄は、ジャキンと音をたてて刃物が飛び出て、それはひとつに固定されることなく、まるで鋼の鞭のような多節棍となった。


 それを自在に操りながら、餓鬼を切り刻むその姿は圧巻。

 だが集中力が別の場所にいっているサクの動きは、ユウナの目から見てもいつもに比べればいまひとつで、さらに切り刻んでも、食らい尽くそうと動く餓鬼の本能は執拗で戦慄ものだった。


 これではきりがない。
 
 体力勝負なら、精神力をすり減らしているサクが不利だ。


 自分が。

 自分がサクを護りたい。



 自分が――。


――ひ・め・さ・ま~。


 だが、怒られる。

 定位置とばかりに、サクの後ろに立たせられる。


 自分は、ただ護られるだけの存在にはなりたくないのに。 



 後ろは、駆け下りることが不可能な崖。

 海に飛び込むには高すぎる崖。


 さあ、どうする――?



 そんな時、氷柱が餓鬼を襲った。

 凍り付いた近衛兵の骸が弾け飛ぶその様に、ユウナはただ驚いて目を見開いた。


――親父の仕業かよ!!

 

 息子も息子なら、父も父だ。

 なんで傍にいないくせに、大自然の力を勝手に動かせるのか。


 これが玄武の力だというのなら、容易く使えるこの親子はなにものだ。



 そして……ユウナは聞いた。


 この状況にそぐわぬ美しい笛の音と、馬の嘶(いなな)く音。

 笛の音は、澱んだ空気を清澄化していき、餓鬼の増殖を妨げていた。



「お前は――!?」




 サクが驚いた声を発する。


 笛を吹いていたのは、馬の上で……恐ろしいまでに美しい顔をした男に抱かれた、赤い着物を着た黒髪の幼い少女。


 少女はサクと視線を合わせると、笛を奏でるのをやめた。


 そして――。


「きゃははははは。

また会ったね、サクちゃん」



 そう、無邪気に笑った。

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