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吼える月
第23章 分離
 


 ユウナから外野の音が消失する。


 焦るイルヒの顔も、ギルもシバも、その姿は床に横たわった男の存在感に霞んでいく。



 世界にはリュカしかいない。

 ここには、いつも傍に居たサクはいない。



 首に巻きついたものが、カリカリとユウナの首の表皮をひっかいたが、それを警鐘とはとれぬユウナは、言葉を聞き取れないイタチを首から外した。


 足にまとわりつく温もりを感じたが、無視した。



 世界には、ユウナと死にそうな男しか存在しない。

 神獣の力すら弾く、そんな"ありえない"閉鎖的世界が作られていることに懐疑的にならずに、覚悟を決めたユウナの目はまっすぐだった。

 

 ぷらりぷらりとサクの耳飾りを揺らしながら、一歩ずつ近づいていく。

 耳飾の存在が、ユウナの勇気を後押しした。


――大丈夫です、姫様。俺は、姫様の傍にいます。


 サクがいてくれるから、あたしは大丈夫――。



 "あの時"以来、自分から近づくことがなかったひと。

 近づきたいと思わなくなってしまったひと。



 きっとサクがいなかったら、自分は半狂乱して憎悪をぶつけただろう。

 記憶から穢れる事なき美しい姿を目にしただけで、突き立てた刃で傷をぐりぐりと抉っていたかもしれない。

 過去に囚われたまま、逃れる術を知らず――。


 だけど今、サクと共に前に進むと決めたからには、自らの過去を振り切らねばならない。憎むでも怯えるでもなく、ただのひととして傷ついたものを放置できない。
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