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吼える月
第24章 残像


 ここには守ってくれるサクがいない。

 サクの存在がないのが、無性に心許なかった。


 だがスンユはそれ以上口にせず、怜悧な光をも感じさせるその目を怠そうに閉じると、言ったのだ。



「あ~ねむ。それでは皆様、ごきげんよう…。私が目覚める時には、そこの銀髪の美しい娘さんとの接吻でがいいなぁ…って、すぅ……すぅ、すぅ……」



 道化のようにおちゃらけて言いながら、すぅすぅと寝息をたててしまった…高貴なはずの男の前で、誰もが唖然と絶句した。




「なぁ、シバ。今の……スンユ殿の言葉だよな?」

「あ、ああ……。随分と砕けられている方なのか? それとも具合悪いからなのか。それともお前と同じただの女好きなのか…」

「俺は"目覚める時"など限定しない。一緒にするな」

「ああ、お前の方が見境ない、万年発情男だものな」

「それを我慢させやがって、覚えてろよ、シバ。俺は諦めてねぇからな。あの生意気なクソガキ武神将が戻る前に、絶対ユウナを俺の女にしてやる」

「3日間、オレを躱すことが出来たらな」


 若干、後半の会話の方向がずれかかってはいたが、【海吾】の双頭が怪訝な顔を見合わすほどに、スンユから漏れた言葉は、あまりにも場違いな、少し前の雰囲気とはまるで違うもので。


 そういう男なのか、それともなにか策があってのことか。

 スンユという男の情報があまりにも不足しすぎて、なにも推し量れないまま、誰もが疑問に思った。


 それでも、侮るには危険すぎる――、彼が自然と纏う"なにか"の空気を気のせいだと却下するものはいなかった。



 蒼陵国反乱分子の拠点に、さらに異分子がひとり。

 それによってもたらされるのは、調和か不調和か。



 果たして、この男を生かさせてよかったのか……、そんな不安を各々の心に残した。


 

「イタ公ちゃんはどう思う?」



 ……イタチは、黙したままだった。


 ユウナは気づかない。

 サクの耳飾りが、イタチの力によって青白く光っていたことに。





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