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第60章 《其の壱》

　乳母の良人ということで、嗣道自身の前途も開け、昇進の可能性が出てくる。主君の若君、姫君の乳母に選ばれるのは、その乳母の良人・子どもたち、ひいては婚家全体に繁栄をもたらすものであった。もとより、嗣道がそのような俗世の欲に囚われ、乳母奉公を勧めるような男でないことは、弥子はよく心得ている。
　が、温厚な舅はともかく、一人息子の立身をひたすら夢見る嗣道の母などは、嗣道の言うとおり、これが新田家興隆の千載一遇の好機とばかりに狂喜乱舞するに相違ない。