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あの店に彼がいるそうです
第8章 一体なんの冗談だ
「仲間を切り捨てるのはそっちのやり方だけど、派閥持つってのは責任取るってことだよ? 何人落ちたかな~、そちらさんは」
 水面下の派閥意識がぶつかり合う。
 中心に立つ類沢だけが、落ち着いて拓を見下ろしていた。
「調子に乗んなよ……てめえの方も今月はやばそうだったじゃねーか」
「あはっ。これはこれは、心配してくれてたなんてねー。お前ら、聞いた? 晃さんに気に掛けられてるよ」
 仲間を見回して高らかに。
 ガンッ。
 晃が後ろ手で壁を殴った。
 水を打ったように静まる。
「仲良しごっこは見ててイラつくんだよ」
「その仲良しグループに負けてるようじゃ吠えてるだけにしか見られないぞ、晃」
 篠田が煙草をくわえながら、そちらを見もせずに云う。
「哲の云うとおりだ。今月お前の成績は中々酷い。いい加減No.に入った自覚を持ったらどうだ」
 心臓がバクバク鳴っている。
 晃をとりまく怒りで空気が震えてる。
 握りしめた拳には骨が浮き出る。
「……結果で言えってことか。そうしますよ」
 そこで拓が立ち上がる。
 類沢に支えられて。
 二人の黒スーツが溶け合うみたいに、同じ色を放っている。
 予感がした。
 拓は、俺より早く上に行く。
 類沢さんに近づける。
 だって、見た目がそういってる。
 忍の為に。
 自分の為に。
 殴られても、文句も言わず。
「オレも結果出すため頑張りまーす」
 気丈なほどの明るさで。
 篠田が苦笑しながら手を叩く。
「ほら、さっさと支度しろ。今日が最終日だ。稼げ、稼げ。悔いの無いようにな」
 全員が答えて散る。
 類沢と晃だけが残った。
 俺はアカに引っ張られるが、会話だけは聞こえた。
「なんでここに入ったか覚えてるなら、短絡的な行動は慎んでね」
「……肝に銘じておきますよ」
「僕はお前が嫌いじゃないよ」
 そこで晃がなんて言ったかはわからない。
 けれど、店を支配していた凍るような空気が少しだけ和らいだ気がした。
 アカが耳打ちをする。
「大抵月の最後はどこかが荒れるんだ。今回は静かな方だよ。瑞希もターゲットにされないように静かに頑張って」
「肝に銘じます……」
「あはは、そうそう」
 さっきとは違う、素の笑顔。
 類沢さんといい、こういう瞬間は卑怯すぎる。
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